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特集:不妊治療

不妊治療保険適用拡大から1年 ~自分らしく生きられる社会へ さらなる拡充を~

2023/04/20

晩婚化などの影響で出生数が減少する一方、子どもがなかなか授からないという悩みを抱えているカップルも少なくありません。昨年4月、体外受精や顕微授精といった不妊治療が医療保険の適用対象となりました。それから1年、不妊治療の保険適用範囲拡大はどのように受け止められ、社会の意識はどう変化したのでしょうか。また、制度をさらに良いものにするには、どうすべきでしょうか。不妊症治療を専門とする蔵本ウイメンズクリニック(福岡市)の院長であり、日本生殖補助医療標準化機関(JISART)理事長の、蔵本武志先生にお話をうかがいました。また女性自身の健康への向き合い方、不妊治療などをめぐる社会の変化などについて、ダイバーシティー、エクイティ&インクルージョン推進を支援する法人向けサービス「Cradle」を立ち上げたアーティストのスプツニ子!さんに語ってもらいました。

「仕事との両立支援に期待」

蔵本ウィメンズクリニック理事長・院長、日本生殖補助医療標準化機関(JISART)

蔵本武志先生

4.4組に1組 治療受ける

妊娠を望む健康な男女が避妊をしないで性交をしているにもかかわらず、1年以上の間妊娠しない状態を「不妊症」としています。不妊症は特別なものではなく、我が国ではすでに4.4組に1組※1の夫婦が、不妊症に対する検査や治療を受けています。晩婚化が進む中、この割合は今後さらに増えるものと思われます。

不妊の原因は男女半々といわれます。女性側の原因には、排卵障害や卵管の詰まり、子宮奇形などが挙げられます。一方、男性側の原因には、精子の数や動きの問題、射精障害などが挙げられます。男性不妊症の中でも、一般に成人男性の100人に1人が無精子症※2と言われています。また、男女双方の要因が複数重なっているケースも多くあります。

タイミング法や人工授精などの「一般不妊治療」で妊娠に至らないときは、体外受精や顕微授精といった「生殖補助医療」へとステップアップします(図)。昨年4月、人工授精と生殖補助医療が保険適用となりました。これには大きく3つの意義があると思います。

不妊治療方法

早い決断に結び付く

1つ目は患者側の経済的負担の軽減です。健康保険の給付によって、患者負担が原則3割となりました。適用以前は、治療費の高額さから生殖補助医療を受けることをためらい、検討している間に時間がたち、ようやく顕微授精を受けても、年齢のためになかなか妊娠しない……、と後悔するケースもありました。

経済的負担の軽減で、若いカップルも早期に、高度な治療へのステップアップが決断できるようになったと思います。保険適用後、当院では生殖補助医療の採卵時の平均年齢が39.8歳から38.8歳へと約1歳下がりました。また、受診患者数も保険適用後に約2割増加しています。

2つ目は不妊治療の標準化です。これで全国どこの医療機関でも、同じ治療が同じ料金で受けられるようになりました。

3つ目は公的な保険の適用によって、不妊治療が社会的に認知されたことです。不妊は治療すべき病態として扱われますから、通院のための休みを会社から取りやすくなったと思います。

先進医療の承認スムーズに

保険適用にあたっては、条件も定められました。カップルがそろって受診し、医師と治療計画を作成し、同意を得ることはその一つです。不妊治療は男女が一緒に治療に向き合い、協力しながら行わないとうまくいきません。将来設計を考えた上で、どのような治療を行うかを、カップルでしっかり話し合うことが大切です。保険適用後にカップルでの受診が増えたことは、協力して治療に向き合うために良い傾向だと思っています。

現時点で標準治療以外の技術をどう取り入れるかも議論を進めるべきです。生殖補助医療は日進月歩の医療です。現在は保険適用と併用できる自費医療として、「タイムラプス撮像法による受精卵・胚培養」など一部の技術が先進医療として認められています。着床前の受精卵の染色体数異常を調べる着床前胚染色体異数性検査(PGT-A)などは、現時点では実施施設と症例数が限定されますが、先進医療としての有用性が認められれば、保険適用となる可能性があります。今後、新しい有効な検査や治療は先進医療として承認してほしいと思います。また、40代の受診者が多いことを踏まえると、望みの結果を得られやすいよう40代の保険の適用回数を増やすべきと思います。

生殖補助医療での妊娠率と流産率

パートナーと十分な対話を

不妊治療と仕事の両立は、特に女性にとってはまだ簡単ではありません。保険適用前の当院の調査では、84.8%の女性が不妊治療と仕事の両立に向き合っており、そのうちのおよそ3人に1人が治療継続のために、働き方をパートタイムに変えたり、退職したりしています。特に治療が3年以上に長期化したケースで、この傾向は高いのです。また、不妊治療を受ける女性の10〜30%※3が精神的に不安定になるといわれています。結果が出なければ、不安定さはさらに増し、抑うつ状態に陥る方もいます。こうした点から、治療を長期化させないことが重要です。

国から企業への助成などを通じ、不妊治療と仕事の両立支援に取り組む職場が増えたのは重要なことです。不妊治療への認知と理解が今後ますます進み、仕事との両立がしやすくなることを期待します。

女性が妊娠できる時期には限りがあります。また、治療によって必ずしも全ての方が妊娠するわけではありません。まずは自分たちがどんな人生を送りたいのかを考えてみてください。

そして、女性の年齢を考慮し、保険で治療できる回数、自費でも行うのかなどをパートナーとよく話し合い、子どもを希望する場合は、ご自身で抱え込まず早めに不妊治療を行っている施設に相談してください。現状や見通し、次のオプションを確認して、不妊治療に進む場合は治療のゴールを決めてください。皆さんが後悔のない人生を歩むことを願っています。

  • ※1:第16回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)
  • ※2:Cocuzza M, et al(2013). The epidemiology and etiology of azoospermia. Clinics, 68(suppl 1), 15-26.
  • ※3:Lok IH, et al(2002). Psychatric morbidity amongst infertile Chinese women undergoing treatment with assisted reproductive technology and the impact of treatment failure. Gynecol Pbstet Invest, 53, 195-199.

女性の生き方 自分でマネジメント

「産婦人科医をパートナーに」

アーティスト

スプツニ子!氏

中学・高校時代の私は生理痛がひどく、毎月おなかに刺すような痛みを感じて、勉強に支障が出ることがよくありました。当時は婦人科に行っても、痛み止めや精神的な薬を勧められる程度で、明確な解決策は示されませんでした。大学時代に留学先のイギリスで処方されたピルが自分に合っていたので、生理にまつわるトラブルが激減。その後は研究にも打ち込めるようになり、今は子宮内黄体ホルモン放出システム(IUS)を使用し、生理をコントロールして毎日快適に過ごせています。

婦人科系の痛みやつらさは、他人と比べにくいので「これが当たり前なんだ」と思い込んで我慢しがちですよね。ただ、放置していると子宮内膜症や子宮筋腫、がんのリスクなどを見過ごすケースもあるので、ぜひ定期的に婦人科を受診してほしいと思います。私にはいろいろと相談できるかかりつけの婦人科医の先生がいますが、自分の人生と伴走してくれるパートナーでもあると感じています。「女だから仕方ない」とあきらめず、年に数回行くジムみたいな気軽な感覚で受診して、自分の体をよく理解してマネジメントしていくことが女性の生活の質(QOL)の向上に直結すると思います。

女性がキャリアを積む上では、妊娠・出産のタイミングも悩ましい問題です。私自身、出産のタイムリミットに対するモヤモヤした気持ちから、33歳の時に卵子の凍結をして備えました。卵子凍結したからといって100%将来の妊娠出産が保証されるわけではなく、実際には自然妊娠で36歳の時に出産に至りましたが、モヤモヤを振り払って私が自分らしくポジティブに生きるきっかけの一つになりました。

昨年4月、日本企業のダイバーシティー、エクイティ&インクルージョン推進を支援するプラットフォーム「Cradle(クレードル)」を立ち上げ、働く女性の健康支援に力を入れる多くの企業に導入していただいています。サービスの軸は「学び」と「ヘルスケアサポート」の2つ。働く女性の生理や妊娠出産、不妊治療など健康課題の正しい知識をセミナー形式やオンライン動画で提供し、全国100以上のクリニックと提携して、診療に関するサポートなども行っています。

不妊治療は女性にとってお金の面でも、心身にも負担が大きいものです。でも政府が不妊治療の保険適用を開始したことで、企業の研修や制度のサポートも進み、最初の一歩を踏み出しやすくなりました。昨年4月からは保険適用の範囲が拡大され、パートナーを伴っての来院が条件になりましたが、パートナーの男性にとっても不妊治療が”自分ごと”になって協力しやすくなったのはすばらしいこと。これを機に男性の伴走が「かっこいい」とイメージされる社会になるといいですね。

私たちは、多様な人生の選択を支援します。

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